今とても流行っているサンニコラ街のChez Fred。 小さなレストランでした。小さなレストランの脇でまた小さなお魚屋さん開いていました。新鮮なお魚と料理の組み合わせ。マルシェの周辺のビストロの如く。 何もストックのないままお客さんの注文により一走りして新鮮な材料を即求め即料理。というのは秘密のない秘訣ではないでしょうか。フ レッドは デンマーク人。北欧三国と共にバイキングの先祖そのような風貌とその冒険の血でこの地方に下ってきました。ピンク色の肌のラグビーマン。お相撲 さんのような大きなたくましい体。フランス スポーツを愛する血の濃い人達の人口はかなりです。 この地方では特にラグビー。この仲間の人々の間では綿密 な蜘蛛の網の如くあらゆる手だてでの助け合い。秘密宗教の如く存在しています。フランス人のスポーツ好きなもう一つの証明しましょうか。今年のフランスで 愛された人々との全国的アンケート。何日か前の新しい情報です。一番は元テニスマン 現在歌手のお父さんがカメルーン出身のヤニック ノア。2番目は引退宣言後世論の希望でカムバックの フットボールの英雄 ゼネディン ジダンヌ。 アルジェリア出身。スポーツ新聞は他の新聞社が傾いても問題なし。購入者保っているフランスです。それもあらゆる社会階層の方々に読まれています。
一緒にお料理教室していたメイベルは有名人。フレッドも もちろん召集。第一回 バルバラン(名前可愛らしいとおもいませんか?実は本当に可愛い容貌のお魚です。)の愛称で知られているrouget 15cmほどの小さな魚と190cm100kg程の大きな体
がっしり太い腕での格闘に始まるオードブル。その後オーブンで色々の香料とで蒸し焼きにした鱸に細切りにした長ねぎをカリッと上げ上に乗せソースブランにレモンを利かせたシンプルで材料を生かしたもの。とても可愛らしい小さめ作りの飾り付けのお皿が出現しました。
体 の大きい方は意外と繊細なセンスを持ち合わせていること気がつきました。私幾人も知っています。の如く。でもデサートのヌガーグラッセになって。。。。小 さなラムカンに詰める時半分以上は外の状態。テーブルはクリームだらけ。メイベルと目を交わせ。家計に係わる者にとっては なんという無駄な話。
きっといつもは彼の仕事ではなく皆他の人に指示するのでしょう。
彼の奥さんはほっそりした小柄な人でした。フランスで愛する奥さんに Ma moitié (僕の半分 という表現あります。ボリュームではなく私の心の半分は貴方に ということ。)でも現実に半分ほどの奥さんでした。
その彼のお店の斜め前に私達夫婦の大好きなフランスの国外領土カリブ海の( Les Antilles)アンティル料理の本当に小さい鰻の寝床のようなテーブル4つで一杯になってしまうレストラン。燻製した鶏肉を独特の香料を効かせたトマトソースで煮込んだpoulet boucané。鱈のアクラ。豚肉のコロンボ風。私が家事に疲れてしまうと歩いて何歩もないこのお店に家族4人 で通いました。御主人フェルナンドは料理な大好きな人。口数少なくてもいつも心のこもる家庭料理。余り出る事のない奥の台所から私達が現れると取って置き の年代のラム酒と秘密の唐辛子を手に笑顔で現れ。子供好きな方で傍らでよくお手伝いしているまだ少女の娘さんも一緒になってお喋り。子供達はその魅力に惹 かれ。おなかも充たされ幸せな瞬間です。

数 少ないデサートの中で選ぶ時間になり子供達がアイスクリームというとそれは駄目。食事の始めに言ってもらわないと良い温度ではないから。奥さんとてもよい 人でしたが頑固で商売けのない人。サービスも遅く愛想もないし。ある日突然店じまい。また一つサン二コラ街の風景変わりました。主人は奥さんの責任だと批 判しています。現在は個性的な素敵な本屋さんに変わりました。
私色々レシピ盗んで今では私の得意な料理の一つです。私色々美味しい物の作り方盗む泥棒です。気を付けて下さい。食べてみて分析気に入るまで作り続ける傾向あります。
par Emi Taya
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Poissons, fruits de mer
ラロシェルの有名な二つの塔に守られた旧港の延長に 干満の激しい港にいつでも水確保の約束するBassin à flot が続いています。面しているのはバランという波止場通り。その後ろの平行線100m程の短い通りが私たちのラロシェルに着いて3番目のアパルトマンのあったサンニコラ通りです。昔は海で働く男達が港に着きご想像できるような界隈。でも御存知ですか?マルセイユにしてもどこのフランスの町でもこの様に余り環境のよくなかった地区は色々センスのある人たちの手によって流行最先端の地区と変わりつつあります。サンニコラ街も例外なく。アンチークのお店とエキゾッチクな若い人の欲しいような しゃれた 好みのよい物を置ているお店ばかりです。私達は道の半ばのアパルトマンの二階に。前にはイギリスでフランス語を学習する時の教科書に掲載有名なパン屋さん。テキストにラロシェルのサンニコラ街と書いてあるので教科書を手に良く観光客の人の立ち止まる事。マダムドーメは大きな黒い瞳のスペインの美女という面影のある素敵なパトロン。作るパンもPains de marin 。水夫のパン。としっかり良く生地の働いた日がたっても美味しく食べられるパリのポワランのような 一寸エラスッチクの歯ごたえのあるパン焼いていました。隣はお肉屋さん。ムッシュー プリユー。やはり船で立つ人たちのお惣菜仕込んだり 港に戻ってきた来た船までお食事運んだり。お間違えのないように。現在ヨットを始め色々な船は豪勢な家のお値段です。高級お惣菜屋さんの仕事しています。そこで忘れてはいけないのは幸せな浮浪者。小柄でも大きな丸い顔は朝からトマト色。朝二階のバルコンの窓開くと目と目があい いつもギター片手でオーソーレミーヨとかサンタルーチアとかバルコンの下に歩み寄りながら歌い出します。この地区の方達 太っ腹の人多く彼は朝昼夜とパン屋さんお肉屋さんに美味しいお食事提供されていました。彼 定期的にしばらくの間消えてしまいます。市の福祉政策で彼のアルコール度が高くなると施設に保護隔離その後それは身奇麗に健康に戻ってきました。
もう一人の危ない浮浪者怖い人も同じ地域に。元ボクサーという鼻がひん曲がった大男。遠くからでも酒臭くお金ねだるので遠くに目をすると遠周り。ある日新聞で他の浮浪者たちと波乱の大喧嘩。港に続く運河に落ちての最後だったと読みました。 フランスではS.D.F(Sans domicile fixe)住所のない人たちが特に南仏に下ると沢山道路に座り込んで物乞いしています。どの人も例外なく犬を連れて。犬を飼っていると養う責任のタイトルで逮捕できないのだそうです。
私 もう一人の名物浮浪者知っています。船員の如く船員帽子にパイプくわえ星の王子様のように黄色の長いマフラーで小柄の体をそれこそ大股で港付近風を切りながらのし回っています。
正気の人ではないですが誰にも迷惑掛けず自分の世界で生きています。彼も幸せな浮浪者でしょう。市場の近くの大きな写真やさんの前通りかかりはっと立ち止まりました。ショーウインドーに大きな彼のポートレートが・。パイプくわえてそれは幸せそうに微笑んでいます。
par Emi Taya
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Histoires du bord de mer
我が家訪れてくださる方にはPlateau de fromages(チーズのサービス) の時間には山羊チーズ お出し致します。ロワール河西地方と共にフランスで有名な産地。数え切れない他の美味しいチーズはフランスに山ほど。でもその土地で食べるのが一番・。山羊のチーズ。同じチーズでも作る村の名前が異なると名前同じではありません。シャビ(chabi ) がシャビシュ(chabichou) になったり形によってビュシュ(bûche薪)ピラミッド(pyramide) とか又は白いもの又はカビの生えた黒いものもの(cendré) 。翌夜作った用に流れるかのごとくな如くの新鮮なとろける様なもの。少々日にち置き個性の出始めた又独特の風味のある(demi sec)。 初めて当地で山羊のチーズを食べた時 同じチーズ3段階異なる状態のものを食べてみるべきとそれはまたおしゃべりの好き名物男チーズのスタンドを市場に持つバルテミーリに引き止められ 僕のチーズはある品種である草を食べ ある土地 ある標高で育てられとのとどめる事のない会話。 ブラ ブラ ブラ。。。。知られているチーズ屋さんなので私の後に皆列を作って待っているのに。構いません。それより皆聞いてくれる人が沢山うれしいでしょう。彼私たちの料理教室にゲストで何回かその雄弁さで参加していただきました。
美味しい食べ方フレッシュなものから始めだんだん個性の強くなる者に移ること当たり前のようですが。同じチーズなのに大きさが始めが1とすると2つ目は3分の2。
3つ目は半分になります。試して下さい。その味の変化に驚きお好きな方だったら感激する事と思います。でも慣れるのには時間が掛かるかも?。わたしも時間掛かったのかも?。忘れてしまいました。
昨日の記事の写真 すだれの上のものは本当にこの土地にしか無いもの。
ジョンシェ(Jonchets)と言います。生の牛乳を沸かしにがりのようなcaille-laitを加え少々のアーモンドエッサンスを加えこの土地の沼地で採れる鐙心草(jonc)で作ったすだれに移しで余分な水分を一日かけて落とします。両端を紐でしばって。納豆の筒の様な形です。
お豆腐の様な感じのtexture肌触りのど越しも同様。お味は牛乳とアーモンドのエッサンスで杏仁豆腐の如く。さらにその香り入ったシロップをかけて食べるが正統です。フランス大統領だったミッテラン氏の大好物。ミッテラン氏ここから遠くないコニャク地方のジャルナック(Jarnac) で生まれその土地に眠っています。
昔パリに住んでいた時 cherche -midi 街にあるポワランのパン軽くトーストに こんがり焼け目とろけ始めの山羊のチーズを乗せ新鮮なサラダと食べるのはとてもナウでした。現在我が家の娘たちはとろけたそのチーズの上にタイムの香りのする蜂蜜を一滴二滴。最高と言います。
par Emi Taya
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Plats végétariens
ピコロおばさん 露天市場のそれは端の風通りがビュービューの道端に小さな小さなスタンドを設けていました。その日によって卵とか小さな形の悪い林檎とかタンポポのサラダとか余り知られないきのこに特別見ごたえもない庭の花をまとめたブーケのみ。イタリアは北の出身・。 御主人にひどく扱われてフランスに逃げてきて3人の子供たちともうまくいかなく一人暮らしとか。リューマチの手が震え懐かしそうに話が続き余り購入するものもないのですが離れる時には籠の中にいつも卵やら林檎やら入っていました。
ある日プードルの小さな子犬を籠の中に毛布に包み寒い中震え私が通るといらない?と訊ねます。私が動物は飼ったことがないからと丁寧に断るとそれはそれは長いどのように育てればよいのかの説明。小さな動物を前にして小さい子供の反応御存知でしょう。子供達はママ ママと・。断り続ける私はまるで悪魔の如くです。うまくいかなかったら引き取るとのことで言い押され手にした時ただではなく100フランと言うのです。ビックリ。
断っても いいからいいから試してと帰宅する時には私の腕の中にしっかりと子犬が抱えられていました。生まれてすぐ母犬から離れたとの彼女の説明で夜中に何度も起きてまるで子供達が赤ちゃんだった時の如くミルク与えました。その上帰宅後皆私達プードルなんてあんまり好きではないの。犬は大きい犬がいいわ。と家族中で言うのです。なんという裏切りでしょう。翌日即引きとってもらうように電話しました。それでも何日か迎え来ないまま色々赤子のように私一人で世話しました。
お隣の奥さんマダム ピコロ御存知で私が打ち明けると彼女の息子さんが小さいころ羊飼いたくない?とやはり話しかけ一月の間これはもちろんただ ペンションの如くに預かったそうです。私のお隣さんは3000㎡程広い芝生があり羊はきれいにそれはきれいに掃除してくれ芝刈りの必要がないと言う説得だったそうです。
ここPoitou Charente 地方は山羊のチーズの名産地です。地方ドライブ歩いてみて驚く事に山羊見かけないのです。この地方だけでなく色々フランス縦断他の山羊のチーズの生産地でも。山羊は放し飼いにすると羊と異なり皆々食べてしまい土地の風景が荒れ果ててしまうのだそうです。でもどこで山羊は育っているのでしょうか?
昨年フランス南東の自然方法でガスを加えることのないシャンパーニュ風ワインでしられているDIE 地方。主人の曾祖母の地方訪れました。山の斜面ラベンダー畑は消えその香りの中で山羊の番をしたバカンスの記憶のある彼にとって今は森林となってしまった姿の風景の前で感傷の思い。土地は働かないと皆変わってしまいます。
農業人口の多かったフランスもその行き先考えています。
ピコロおばさんその後失われた土地で野菜採っている姿。近所のマルセルの家で林檎を採っている姿。私は助けてあげたらと言う思いで必要もないのに彼女のお喋り聞きに市場にいく度立ち寄りました。
par Emi Taya
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Plats végétariens
何年か前 母の日の日曜日の朝ベランダを開けに行くと庭に見慣れない小鳥がいるではないですか。ジッと見つめると恐れ気なくピヨンピヨン家の中に入ってきます。抑えたら逃げもしない?ほっぺたに赤に近いオレンジの日の丸印。愛嬌の有る顔。近所から逃げてきたのかな?とガレージを掻き回し何となく籠になるようなものを見つけて預かる事にしました。いくつか拾い物との張り紙 村のお店に出したのですが誰からも問い合わせ無いので何日か後に母の日のプレゼントと思い本格的に飼うよう籠等購入しました。マンダリンと言うオーストラリア産の鳥ということ調べ 余り動物飼う習慣はなかったのですが幼い頃カナリヤはいつも飼っていたので。小鳥を飼うの何も仕事ない様で籠の掃除等結構時間懸かります。餌が籠の外に飛び散らかるのです。戸外は猫の心配があるしベランダに。でもその愛嬌に魅惑。何日かたって私の性格の如く一人では可愛そうと思い日の丸印のない雌購入しカップル構成。平和な日続きました。ある日いつも餌を買うお店で雌一羽プレゼントとの事。別に断る理由もないし。と3匹一緒にしてから私の悩みの始まり。全く怖ろしい鳴き声で雌同士の喧嘩始まるではないですか。激しい戦い。突きあって。頭の羽毛など逆立って。雄鳥は籠の隅に小さくなって。どうしよう。考え込み二つ目の鳥籠購入し一匹の雌を隔離しました。離れた場所においてお互い同士見えないはずなのに一日中まるで人間の争いのよう(あんたのせいよ。何いってんのよ。あんたなんかいなくなってしまえばいい。)の如く戦い合う声です。嘘ではなく狂気の叫び。すでにもう嫌気がさしているし主人は絶対それも絶対の反対で二匹目の雄鳥購入する事もできず一日置きに雌を入れ替えることも考え実行してみました。皆あきれて。ママーーー。それもまた全く良い政策ではありませんでしたね。ある日一つの籠を掃除するため三匹一緒にしている間に若い雌は古い雌突き殺してしまいました。全く嫌(それを過ぎて見たくも無い嫌悪感)になってどうしよう。愛情もないのにどうしよう。見捨てる事も出来ないし と思っていた時 鳥の好きな御近所の方に欲しいといわれ 救われました。鳥の世界も人間同様同じですね。polygamie(一夫多妻制)はうまくはいかないようです。その後引き取ってくださった方から沢山小鳥が生まれたとの報告。うまく導く事 適応な政策が必要なのでしょう。庭を訪れる季節の野鳥観察する事大好き。パンくずやら鶏の油やら穀類等特に冬場には撒き散らします。でも籠の中の鳥はもうご免。私も籠に閉じこまれるのはご免。自分自身わが子達さえコントロールできているのかもどうか・?
戦争下に生まれそして育ってその状態しか知らない人々のこと思います。価値感異なるだろうな。と。難しい問題。 何と締め括ってよいのか余り重大過ぎて判りません。
par Emi Taya
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Histoires du bord de mer



