Dimanche 14 août 2005
長い事日本を離れてもいつも同じ思いです。私の家族の中でもその被害に遭遇悲しく消えてしまった人々もいます。
フランスはカトリックの祭日です。お百性さんたちが日本でのお米のような大切な麦収穫を終えホット。あらゆる村で実りのお祭り 人々が集まりダンスを中心の夏の夜が展開します。農業人口の高かったフランスの国での一年を通し唯一心から楽しめるお祭りだったそうです。本日14日アングランの村でも ダンス始まりそうです。北の風に乗って流行後れのセンチメンタルな音楽流れてきました。明日も続くでしょう。
 
Samedi 13 août 2005


 春の訪れ 気候がよくなり皆 庭仕事にと家から飛び出す頃 フランス人の機嫌は彷彿。会話はもうすぐバカンス のことばかり。と昔だったら私もこの用に文章書き始めていたでしょう。
先ごろでは一月も長くバカンスにたつ人々少なくなりました。多くのフランス人はそれより週末利用の短い旅とか一週間単位での旅とか 公共の教育関係の人しか長い休暇はないし経済状況も異なり以前とは変わってきました。
家から自転車で
10分程の南の隣町はフランスの海辺の町のごとく1900年台より休息地として発展。元はここと同じように泥地の海岸だったのですがたいそうな砂を運んで大きな海水浴場となりました。
ラロシェルにいくより近いので私の良く通う市場のある町です。日常の市の他に火曜金曜は大きなプラタナスが両側に茂ったメイン道路に食べ物だけではなく衣料アクセサリー 靴 その他こまごましたものを売る露天が進出。 ことに夏場はバカンスで訪づれる人々で町の人口は膨れあがっているので賑わって楽しいものです。観光客目当てのところもあって高いなーと思うものもあるので注意しましょう。観光客イギリス ドイツ人等多いです。南仏より物価低くそれにこの地方はフランスで一年を通して晴れた日が一番多いという評価がありますので。
その中御百姓さんたちはいつもと同じ。値段も変わらず。人ごみで一杯の
11時頃になると歩き抜けるにも困難になる通りの中で活き活き働いています。驚くことですがどちらかと個人主義エゴイストのフランス人が 市場では模範生のようにおとなしく礼儀正しく自分の番を待っている事です。moi moi moi (私 私 私)といつものごとくではなく列を作らなくても自分の番を心得 他の人を尊重 その間ユーモアのある会話も飛び交せ奥さん方は(男の方々も)レシピの交換。 売る方々もかなりのジョーク。 市場独特のとても良い雰囲気。今日もついつい沢山のお野菜買ってしまいました。でも  私の料理は平均的なフランス人のお肉と野菜のポーション反対なのですぐ食べ終わってしまいます。野菜のない料理など想像できない私です。家族も同様。帰宅して求めたドジョウインゲンとても柔らかそうで私に微笑みかけているので抵抗できずお昼はシンプルに茹でて温かいうちにお塩と胡椒レモンとバターとオリーブ油少々で食べる事に決めました。先日1週間ほど滞在した義妹が 自転車ツアーに一週間参加した際お料理は有機栽培のお野菜のみのお料理で参加者皆でお手伝い。インゲンは元の法だけを取り除きとがった先端の方はお味も良いのでそのまま残す事習ったそうです。手間も省けるしよい事学んだと思いました。食べるはあっという間ですが準備は長いですものね。昔やさしい義父が滞在の時は沢山沢山インゲン購入しました。それは丁寧に準備してくれました。
それと新婚のころ私のインゲンの茹で方見て 主人わたしは野菜の茹で方しらない人と思ったそうです。日本式に青々一寸硬めに茹でました。今健康的日本的料理の方法皆真似していますが前は私にするとグチャグチャに茹で青い色もないというのがフランス式でしたね。(主人随分後になって告白しました。私が怖いのかしら?)もうひとつ驚いたのグラム単位ではなく家族4人だったら1
kg 程ものインゲン料理する事。ドーンと大きいお皿に山盛りのインゲン出てきて始めは驚きました。今ではもう当たり前のこと。旅行先で外食ばかりとなると早く家に帰って私の料理が食べたいとノイローゼーになります。

 
Vendredi 12 août 2005
 忙しく ことに人をお呼びした時の食事の支度をしている時次女の雪が詰問調に現れます。言うこと。ママは他人にばかりお料理教えていて私達(姉妹)なんて何にも料理なんて出来ないのだから。
だんだん語気が強まり涙ながらになる事。時間に迫られかなりいらいらし始めているのですが一呼吸。声を高めること我慢。ママも手が足らないの と一寸考えるためまず答えます。手伝いで終わるはずのない娘の性格心得ているので 時間を置いて ママの代わりにデサート作ってくれる?と全責任委ねるように頼みます。(責任委ねる事はとても大切、お互いの信頼。)
作ろうと予定していたお菓子はあきらめ まず家の中見回し 教えながら私も手を休めずに働く事出来るようにいくつかの材料分量焼き方等全部頭にはいっていてそしていつ作っても美味しいお菓子の中から選び 全部自分で作るのよと。大喜びでエプロン探しお喋りしながら真剣に働き始めます。かなりいいセンスです。泡立てもバッテリーではなく手での泡だての教授。(私もサディックですね?)ママ疲れるねと言うのでシュー生地はもっともっとたいへんなのだからと私脅かします。(近いうちに作らねば。)満たされた彼女はそのあと全部きれいに完璧にボール等 まず指で(彼女一番美味しい瞬間といいます)。 その後洗剤で洗いあげます。テーブルの設定もしてくれます。料理によって又季節によってお皿選んでくれます。私のやり方色々観察してきたのでしょう。デサートの時間になって。 皆に 娘が作ったの と紹介する時の彼女の顔は輝き。自信となります。とても大切な事だと遅ればせながら最近になって思い始めました。
 私 二十歳位まで料理など余りしたことありませんでした。母の料理はとても美味しかったし小さいころ食事の支度する大好きな母の周りで雪のようにお喋りしていたようです。見て味わっていた事。 いつのまにか自然と美味しい料理を作り始めるようになりました。父は有名なお料理屋さんおすし屋さんに行くと折り詰め持ち帰り夜中眠っている私起こし食べてみる様に。祖父も同じく。故郷千葉の安田の鰻はとても美味しいもの。が私は鰻は食べられなくその美味な汁の滲みこんだご飯を朝母に温めてもらい 山椒をぱらぱらで 食べるのが大好きでした。私の又又大好きな祖母は可愛い人。普段は料理などせず。母が留守の日はおろおろ。お魚屋さんにお刺身電話注文配達。お肉屋さんも野菜やさんも。お刺身と 豚肉の生姜焼きキャベッの千切り添え ほうれん草のお浸しに里芋の煮っころがし。いつも同じメニューで出てきました。小さかった私邪魔になったでしょうが手助け。
翌朝はトロのお刺身での朝ご飯。祖父も良く朝から温かいご飯に私が残した鰻を乗せてお茶漬けの記憶あります。
私の祖母 料理余り作るの好きではなかったにも係わらず幼い私の学校からの帰宅を待って庭の夏みかんを丹念に剥き御砂糖をかけて 帰宅時間にはすっかり解けてほどよいシロップに浸かりその冷たいこと。サツマイモをオーブンで焼いたりまたは得意の大学芋のおやつで歓迎。母もカスタードプリン(好評でいつも沢山焼いて人に配っていました。)手作りのおやつしかなかったですね。
 娘達に言います。料理は見て食べるもの。後はセンス 大切なものはすでに頭にも味覚にも蓄積されているのだから自然に出てくるものよ。というと。ブーーーー。不満顔。長女はいつも自炊していたので色々料理できます。始めのころメイルで色々なレシピー送りました・。帰宅すると作るより美味しいもの食べたく私に食べたい物のリスト。 
 魔法のごとく即 すべて私のレシピー習いたい雪。昔より気を長くし 手を出したい思いが動作なる前に抑えて気長にみつもっています。(手を出してはいけません。アドバイスも怒らないように柔らかにそして傍にいてお喋りに答えねばならないということです。なかなか辛抱の要ることです。) 料理教えるという事は作ることとは異なります。習う方も。ことに我 子供達に対しては。学校の先生方の言葉は両親の言葉より重みのある事ご存知でしょう。教える方もun deux trois.習う方もun deux trois 。ダンスの一歩のごとくお互い初心で歩み近づくではないでしょうか?
 食いしん坊で味覚に敏感なので彼女の料理おいしいです。(内緒))。彼女手作りパスタやピザ 手で働く事大好き。喜んで作りたがります。

 フランスで小麦粉の中に手を入れて働いている女性は美しい。という諺あります。 日本でパン作りに係わっているお友達へのメッセージ・。 ブラボー
 
Jeudi 11 août 2005

Chon
と付くと小さくなります。メルリュ(Merlu) は大きなお魚 1mに達することもあります。 日本ではメルルーサ、ポルトガル語の名で知られ私は冷凍の切り身のものしか見たことありませんでした。
Merlu chon を付け加えたメルルッションは頭から尾まで20cm程の小さなもの。近海の島と島の間。または島と大陸との間の水の流れの速いところで獲れます・。一番美味しい食べ方は小麦粉の中を本当に軽く通して余り焦げすぎない温度でオリーブ油で料理するのが一番です。私はフランス的に沢山の油を使いたくないので私なりに軽くそれでもカリット焼あげる事研究しました。もちろんニンニク エシャロットパセリ等。 余り語るので嫌になってしまうでしょうがでも必要。こつは始めから入れない事。始めから入れると焦げてしまって台無しになります。こんがり色付いた時に塩胡椒と共に入れましょう。後はレモンとレ島産の全国的に有名なおじゃがを蒸して。。もっと小さいものはから揚げにすると最高ですね。。。。

大きな50cmくらいのMerlu はクールブイヨンの中でポッシェ。 色々の季節の自然に蒸しあげたお野菜とにんにくの効いたアイオリソースで食べるのが一番です。Au désespoir(絶望 )と言う方法御存知でしょうか?Merluchon Merlu その尾を頭の方まで持ってきてとても鋭いその歯の間に滑り込ませ口をとじらせ円形にして料理するものです。身崩れが少なくMerluのポッシェに必要な長い楕円形のPoissonierと言うお鍋のない時は便利です。
外国生活長くても 時には私も
Chonごとく 自分が小さく小さくまるで異なる他の惑系からやってきた E T (extra terrestre)との思いします。(おかしなことにETは私のイニシャル。
無力感に襲われるブルーの時間。輪にされた魚のごとくひとつの考えが頭の中をくるぐる。同じことが解決策ないまま又ぐるぐる。 繰り返し。絶望的になって閉じこもってヒステリー的に急に泣き出したり。家族は皆心得ています・静かにほっとしておくのが最上と嵐の去るまで近寄ってきません。翌日には晴れ上がるのですから。私 翌日は泣き疲れ。一日中ぐったり。罰。
どこの国に住んでいても自身の家族を築いていても同じこと。時として私が私のいるべき場所にいないという思い貴方にもありませんか?自分自身の問題ですよね。
このお魚は身が引き締まって肌むっちりしっとりしたお味です。魚体の中心にしっかりとした小骨のない簡単に外れる骨のみ。魚嫌いの人でも骨に当たらず安心でフランス人が切り身でなく好んで食べる魚のひとつに数えられています。
今は閉めてしまった村のお魚屋さん。
Nénuphar (睡蓮)。近くにそれは大きなスーパーマーケット カルフールがあるので皆購入者はそちらに流れます。とてもとても残念な事と思います。御主人のブルーの小型漁船 我が家とエックス島の間の海で時間の止まったように一晩中漂っている翌朝お店に出かけてみるとそれは活き活きした硬直状態のMerluchonが。即購入してしまいました。

 
Mercredi 10 août 2005
私の名前は ビンチ マノン モナリザ サンバ  シャルロット ラット シェリー ニコラ ポンパドール ローザ ロズバル スプンタ エスティマ ビオラ あるいはフォントネーの麗人。
赤紫のローブに包まれ白い肌の私。薄黄色のローブに白い肌 黄色のローブに黄金の肌 ほとんど白に近いローブに身を包まれ薄っすらピンク色の肌の私。
 フランスには30種類以上のジャガイモがあります。1570年代にアメリカ帰りのスペイン人によってもたらされ18世紀になるまでフランス人には好まれず家畜の餌の位置にとどまっていました。
アッシ パルマンティエ(Hâchis Parmentier)と言うフランスの有名な家庭料理御存知ですか?牛肉のミトロンソースの上に美味しいおじゃがのピューレーをかぶせオーブンでこんがりグラティネするものです。子供達はもちろん大人も大好き。木枯らしの外より戻ってきたとき湯気のたった幸せの香りのするお皿を見てああ家に帰ってきて良かったと思う瞬間です。その名のパルマンティエ氏がルイ16世のもとで改良 じゃがいもは手ひどく扱われていた暗い歴史から脱出しました。en robes des champs(ローブデシャン)とはなんてことのない塩をいれた水からゆでる事。畑から出てきた姿でお風呂に入るようなものですね?champs とは又chambre との言葉の遊び。それも又部屋着からお風呂に。水加減はかぶるくらいすれすれに止めてください。味が逃げてしまいます。ピューレーは子供達が大好き。(子供だけかな?)
その他あげても蒸してもオーブンで焼いてもグラタンにしても じゃがいもそのものが美味しかった何でも。夏の暑い盛り皮ごと蒸したじゃがいもにヨーグルトにニンニク エシャロット辛子 レモン オリーブ油少々垂らし エストラゴンやシブレット加えたおソース胡瓜のサラダを添えて。何も働かずに美味しい昼食です。
今日は薄切りのシャルロットお嬢さんをローズマリーとローリエを利かせてオーブンで焼いてみました。付け合せになすにトマトクーリー(coulis de tomates)をかぶせ バジリコ風味でまたまたそれもオーブンで。パルメザンとかモザレーラとか乗せても良いけれど今日はヤギの薄切りチーズ乗せてみました。より個性それに地方らしいです。もちろん何も乗せなくてもシンプルでよろしいです。
昔 昔のことです。沢山の人を呼んでそれは大きなじゃがいものグラタン付け合せに焼きました。オーブンからだす時手元が狂って。反射的に胸で受け止めお料理は救いました。私はもちろん大やけどですが人には言わず。後主人に頼み一人で応急手当しました。若いお嫁さんだった時の話です。でも私の手当ては良かったようです。余り苦しむ事もなく跡になる事もなく。そのころ時折焼けどすることあったのでいつも特別のビオガーゼ常時救急箱の中に沢山用意していましたので。最近やけどなどしていません。何故かしら?
 
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