Mercredi 14 septembre 2005
世界共通の事と思いますが若い人達イタリア料理好むようにメキシコ料理も好むのでは。視野変ります。我が家では毎日の食生活の気分を変えたい時歓迎の声に励まされてメキシコ料理作ります。チリコンカーンご存知?。牛挽き肉をトマトソース カイエンヌ(唐辛子)加え赤インゲンと共に煮込んだ物。付け合せにサラダ菜の千切り トウモロコシ トマトのコンキャッセと玉葱のみじん切り 後は 粉チーズ 等々。とうもろこし皮の形のよって異なるタコス トルティヤスの中に好み (ア ラ カルト)で 包んで食べる楽しい食事です。
7年ほど前メキシコ人のウージェニー我が家訪れました。メキシコのとてもよい家庭のお嬢さんで語学学校の紹介する どの家庭滞在もうまくいかなく私の懐に飛び込んで来ました。長女より1歳上。私達と初めからとてもうまが合いました。私は学校の責任者の妻なので介入したくはないのですが彼女の希望でラロシェル滞在2ヶ月我が家で。その後お母さんもわざわざメキシコから訪ねてくださって今でもお友達です。彼女 Cécilia パリ17区 日本大使館近いモンソー公園に面するアパルトマン持っているので1年に一度の割で来仏。電話が掛かり ボンジュール 機会のある時には 訪ねてくれます。ウージェニーはグルメそして グルマン 。ある夏 パリでコルドンブルーと ル ノートルでパティスリーの講習に参加。突然電話が掛かり遊びに行ってもいい?それはル ノートルの学校でしこんだパン生地を手に私達のためにその有名なレーズンパンをこしらえに来るため。
彼女最初我が家にたどり着いた時 胃の消化の問題が在り 私ハーブで治してしまいました。それからは私の野菜料理に満喫。街から遠い我が家に残りたいと。
時として家庭滞在に問題のある学生があり、殊に食事の面で。(菜食主義の子たち多く野菜の嫌いな人たちの作る心のこもらない料理に嫌気がさしている娘ばかり。)主人に頼まれて一度に6人も何週間もお預かりした事あります。我が家の娘2人と私女性9人。主人男一人。娘たち除くと皆18歳。家は満杯 窮屈かもしれなかったけれど活気好きとても楽しく。笑い声絶えず。私はゴットマザー。色々好みも異なったけれど皆が満足のいく料理研究 大皿いくつも全て空にしてくれました。タルトなど日に2回も焼いてもきれいに。夕食後満喫した娘さん達 娘達も共に海辺満天の星の浜辺の散歩。ウージェニーもこのような皆との2週間と重なり合いとてもとてもの思い出のようです。
アボカードのワカモーレはオードブルに素敵なもの。よく作り好評なものです。モーレという鶏のチョコレートソースは2年間メキシコに住んだメイベルのレシピで教わらず残念に思っています。食べていない物は作り方を見ても不可能。ある日イタリアの彼女に家訪ねて教えてもらう事とします。
秘密ながら私とても美味しいメキシコ風のチョコレートケーキのレシピあるのです。 
チョコレート菓子に狂った人が美味しいと作り方聞いたほど。機会あったらお教えします。







Dimanche 11 septembre 2005
クスクス なんて何か笑う様。そのとおり家族に今日はクスクスよ。と宣言すると笑顔でオーケーの合図。
アラブ料理です。でも中華料理が日本の日々の献立に浸透しているようにフランスでも愛されている献立。小麦のスムール(小粒な粟のようなもの)を独特な 辛いと言うのではなくそれは芳しい香料を使ったスープの中で 基本的には大きめに切った人参 玉葱 蕪 ズッキーニそれにひよこ豆を柔らかく煮て共に食べる食事です。普通は出しも取れるのでお肉を炒めて野菜と一緒に煮込むのですがまたまた私の悪い癖。煮込んだお肉は余り好きではないのです。アラブ料理は油きつく外で食べるクスクス野菜のお汁の中に油が浮かんでいると食べられなくなってしまう私。そこで私は野菜だしのスープに 今日は取り合わせに子羊の腿肉にセージと大蒜を巻き込みオーブンでローストその美味しいグレイビーソースとで別添え。普通アリサと言う唐辛子ソース添えるのですが市販の物は添加剤が入っているので駄目。いつもの如く大蒜 生姜 レモン 醤油 玉葱 唐辛子 コーリアンダー 等々で添えのソース作ります。
香料もクスクス用ブレンダーされた物売っていますが私は戸棚を掻き回し シナモン、ナッメッグ、丁子、クミン(ひめういきょう)、ターメリックを中心に後は欠かせない大蒜 ローリエ タイム等で味付けします。ハーブその健康への効力確信しています。その証拠に食事の終わる頃には皆幸せそう。
主人がスイスローザンヌ勤務中 雪と二人ぽっち日曜日の食事は寂しく11時に始まるいつもの半額の映画を見てその後ピザを買って映画の批評をつまみの昼食。あるいは豪華に私達お気に入りのクスクスのレストランへ直通。地下に大きな部屋があるのですが喫煙者の煙に耐えられなく一階の官房後ろに控えた小さな10人程で一杯になってしまう場所で場所がなければ一緒のテーブルを分け合い。家族的な雰囲気での日曜日の大切な食事でした。御主人 娘達と同年齢の息子さん2人。彼はモロッコ人ですが奥さんはフランス人。マルセイユの大学教授で息子さんともどもマルセイユ・滞在。休みごとに両方で行ったり来たり。当時の我が家と同じような事。私達は大のお気に入りのお客。いつもしばらく傍に腰掛けお喋りが弾みます。
ところで彼のスムールそれだけ食べても美味しいこと。シナモンとカルダモンの香りがきつくなくほのかに 日によってはふっくらした干しぶどうが。(いつもではないところがよろしいです。)香りだけでも幸せ一杯。1口すると。ウーン。それに銅製のお鍋に沢山の野菜を熱々サービス。お肉の焼き加減も素敵だったし。食事の終わる頃主人がミントのお茶 目の前で入れてくれお代わりもいつもただ。二人だけの一寸寂しい日曜日の過ごし方。今でも雪 ママと二人で楽しかったね。どうしてパパ帰って来たの。なんて。父親 厳しい時には言ってますよ。本当に本気ではないけれど。
彼もお店売って家族の元に。新しく経営者の変わったお店試してみたけれど前の味ではありませんでした。思い出も味の大切な一部でしょう。
 
Vendredi 9 septembre 2005
友達の珠理さんの去った朝 近くのバンデ地方にバカンスに来ていた主人方の姪のカトリーヌより電話あり其の夜より若いカップルと11ヶ月のジラスちゃんと訪れています。赤ちゃん見ながら私もこのようなだったなーと忘れてしまったこと思い出しています。今日は中国にいるなつきの誕生日。私も雪もプレゼント用意したけれど中国に送ることについてはかなり不信感あるので帰国の11月待つ事にしました。
カトリーヌとても東洋料理が好きなので娘の事考えながら春巻。買い物に出たくないので冷蔵庫に残っていた豚肉のひれと人参 ズッキーニ 玉葱の千切りを大蒜生姜とで炒めオイスターソースほんの少々加え後は醤油 胡麻油。最後に戻した春雨と薄焼きと卵の千切りを加え片栗粉で絡み。干し椎茸もたけのこも入らない またまた偽春巻き作りました。サラダ菜は少々紫色のバタビア ルージュ (Batavia rouge) コーリアンダー タイの紫蘇 ミントを添えて。くるんで食べるので大きなサラダ菜一株食べてしまいます。何軒も行きつけのBIO(オーガニック)の野菜やさん知っているのですがBIO の野菜でも味がない時 気に入らない時は店を変えます。不貞な私。どこのお店でも色々お喋りをしているうちに(栽培している野菜の使い方がわからなく(よくヒントあげるのです)。離れる時には手の中にはパセリやらバジリックやらコーリアンダーやら山のようにおまけで一杯。買わずに済んでしまいます。家にも生えているけれど水不足で小さいので大喜び。ふんだんに。
春巻 前回カトリーヌ来た時暑い夏 人の接待で疲れ果て 揚げる際皆油の中でおなかはじけてしまい大失敗でした。近くのスーパーで購入した使用した事のない皮でした。疲れている時 自分は食べたくないのに料理しなくてはならない時何かと失敗するのは当たり前。心がこもらなく機械的に作るから。主人簡単にしたら。と言うのですが。でも簡単な自然な物も割と手が掛かるのですよ。それはそれなりに下準備があるから。それに私の家訪れる人達美味しい食事期待しているの判っている時手抜きは出来ません。私のプライドもあることだし。でも時として料理が下手でその評判立っていたらどんなに楽なのではないかなと思います。どうでしょうか。
 
Samedi 27 août 2005
長女のなつきのプログで餃子が良く出てきます。水餃子 蒸し餃子 焼き餃子 に揚げ餃子。このようなこと耳にする貴方どうします?私昨日中国材料のお店訪ね色々買い物してきました。餃子皮は手に入らなかったけれどワンタン皮購入。韮があったし家には生姜もあるし後は簡単なもの。フランスは豚肉のひき肉が無いのでそれが手間といったら手間。 それと豚肉もロースト用大きな物でないと骨付きのコートレット。骨を除き(ブイヨンにワンタン作る時には美味しいスープが出来ます。)ブレンダーでひく事から始めます。雪 部屋から出てきて声が出ないと言います。なつきも3日前から風邪で 寝込まずともかなりひどく今日はどうやらとメイル届きました。妹に大陸縦断 移したのでしょうか。悪い母 にこっとしました。彼女お喋りですものね。キリッとした目をさらに吊り上げ 紙に (おかしくなんて無いんだから。)しばらくしてから。(しゃべれないのは辛い。)その後は私の考え違いとわかりました。ゼスチャーで表現し始めたのです。もう当てっこ。私が間違えるとノン ノンと当てるまで色々仕草繰り返します。もう漫才のようなもの。ああ お喋りしてくれた方が楽なものと思い雪料理習いたいのなら餃子の包み方教えてあげる。少しは静かになるかなと思いつつ。大間違い。喜んでエプロン掛けながら着たものの今度は又紙にデパルマス、今年のラロシェルの音楽祭のフィナーレを飾った彼女の大好きな人気歌手のCDかけてもいいかと。彼女ボーイフレンドに招待されてコンサートにいったのです。結構うまく包みながら音楽と共にマイク手の歌うまね。私のエプロンをひっぱりながらこの歌は私のお気に入りだから気をつけて台詞を聞き逃さない様にと。パントマイムの続くこと。突然彼女のポータブル電話の響き。すっ飛んで。戻ってくるので今度は何かなと思うとママ彼中国料理の話したらどうしても食べたいって。呼んでもいい?構わないけれど。でもどのように会話したのでしょうか?
2つも3つの異なる事も同時に行う事の出来る世代です。なつきもブログ書きながら父親やら私とMSNで会話するのですから。
ワンタン皮餃子の皮より薄くて同様ではないけれど端をきって円形煮。何となく出来上がりました。食べたい思いは大きな力です。新婚はじめケーキ型など無くどうしてかリングケーキ焼こうと思い大きさの違うビスケット缶探しだし美しいケーキ作りました。主人感激か驚きか。お料理の事になると君はすごく頭が働くんだね。と。(褒められたのかな?)
何度か頼まれて日本料理の料理教室開きました。その度に言うのは材料が無ければ手軽身近にあるものでお酢も米酢が無ければ林檎酢でみりんが泣けれはフランスの食前酒で代えられお味の物あるしかつおだしもブルターニュ産の昆布で美味しい出し取れるしフランス的に鶏だしの茶碗蒸しとても美味しいし。生の魚が嫌だったらしめた魚またはスモークサーモンでもアボカード乗せたお寿司でも良いし。要は自分自身の表現の出来る料理が貴方の日本料理と教えています。よそから来たお値段の高いものだけが美味しいわけではないのですから。正統法ではありませんね。でもフランスまな板の上で全部包丁で切る文化でもないし。(私も最近よくまな板なしで野菜きっています。)
何か無いからと諦める前にこうしたらと考えて見てください。私も母に色々生活の知恵伝えてくれました。着いた当時外米がぱさついて美味しくないというともち米があるのだから一寸加えそれに一寸お塩入れて炊いてみたら。外米が変化しました。今ではBIOの美味しいタイ米で満足しています。
 
Vendredi 26 août 2005
 長女のなつきソルボンヌ大学の国際独仏法科卒業後 進路変え北のリル大学院ではないのですがマスターコースに進み国際商業のアジア科で学びました。その締めくくりで6月から中国ハルビンに語学研修で11月初旬まで滞在中です。彼女のようなクラスの仲間が7人。後2人は同じ土地でスーパーマーケット カルフールで働く研修を選んだ仲間2人。同じく北京で2人。ラオスに一人。そしてタイ国にも一人。皆プログで情報交換しています。寄宿舎生活レストランでしか食べる事出来なく でも驚くように食べ物に関しては信じられないくらい値段が安いので色々食べ歩いているようです。ある日小さな いつも小さなレストランなのですが(日本)もちろん中国のことこの漢字のままのお料理の名前。大きめにきったじゃが芋と豚を甘酸っぱい赤いようなオレンジっぽいソースで絡めてあると言うのです。コメントなどしなかった私ですが。肉じゃがのようで酢豚のソースみたいね。とET(他の惑星より)私のイニシアルで入れてからあらゆる方からコメント。酢豚について色々協議しています。結論。日本という名のお料理は肉じゃがの酢豚風ソースと私の初めの結論で決まりました。
 そこで雪の言う事おいしそう、私食べたい。ママ出来る?はっと思いました。時たま私自身が食べたいと思うと硬焼きそば(私得意です。母仕込み。蒸かした麺をあげるのではなくあげ焼きにするのです。)とかワンタンとか 時折作ります。私食べたいから。でも何年も酢豚など作った覚えありません。雪にお正月を迎えるお重箱には必ず酢豚もその仲間。ママがいた時にはママが作っていたのだから。と言うと,ふーん。半信半疑。.作って見ました。私のことクラシックではなく人参もたけのこも入れず季節の茄子と赤青ピーマンで。ママどうしてこんなにお肉が柔らかいの?昔 母の大好きだった陳さんの料理 NHKの料理の教室ごとく。お肉はぬるい油のお風呂で一度お化粧するのよ・。食べた雪感激。私どうしてもこのお料理習いたいと言います。2 3日後に又食べる事になりそうです。
 
肉じゃが。私主人の関係で若い日本人の学生さん問題あるときコンサルタントしていました。家庭滞在特に女性達。マダムが日本食作ってと言うの。私肉じゃが作ると思うの。いつもいつも同じ返答でした。サトイモの煮付けは随分食べた事あるけれど肉じゃが?私だったらお寿司と茶碗蒸し。天麩羅にほうれん草の胡麻和えなど思うのですが。私きっと時代遅れなのでしょう。郵便ポストが赤いのも電信柱が高いのも皆わたしのせいなのよ。と言う表現御存知ですか。何年か前機会でこういう表現有るのよ。と話し若い人達にそれなーにと一笑されました。わかる方私と同じ世代の方々でしょう。それとも私はおばあちゃん子で特別なのかも。彼女何かにつけていつも諺。大家族で幸せな子供時代でした。
 
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