Un grand pêcheur ジレ爺さん ダニエル

Publié le par Emi Taya


ピノキオの物語。
ピノキオを悪の道に誘い込む悪賢いキツネ御存知でしょうか?グラン コカンと言います。
マルセル3姉妹を離れて20歩ぐらいすると突然大きな人物が私達親子を杖を付きながらめざしてやってきました。はっとするくらいの大きな顔 顔の作りも目も鼻も口も
それに伴って手も足も みんなみんな大きい 。とてもとてもうそのように大きな靴。190cm程もあると思われる大きな上背を傾けてドスの効いた低音でお べっかを使うように 御機嫌よう と言うのです。口が裂けてそれはまた大きく黄色がかった歯が現れ 山高帽の下からはみ出した耳は大きく尖がっています.次女は私の後ろに隠れ私の上着を引っ張りながらママ ママ お耳の中に毛が生えているよ。 どうして あんなにお耳が尖がっているの と囁きます。グラン コカン?とだんだん激しく私の上着はのどもとまであがってきました。。本当にピノキオの世界に入り込 んだのごとくです。
ジレ爺さん 当時75歳くらいでしょうか?ダニエルの名前でやはり村では知られていました。この方も5年くらいのお付き合いの後に亡くなられました。  
やはり父親の代からの当時引退の漁師で大きな荒れ果てた土地を持ち葡萄を植えアルコールを作っていたようです。本当は御法度なんだと赤い鼻をぴくぴくさせながら語ります。
村に住むようになってから村の幼稚園と小学校に娘達をいれました。幼稚園は保護者が直接先生に委ねなければいけないのです。着いたばかり 中国人 と目を 引きつった仕草でからかわれることあり2人ともママ給食は嫌と言われ専業主婦の弱みでお昼迎えに送りに行く毎日でした。私達の時間帯を心得ているのですよ ね。
ジレ爺さんの前に郵便やさんの自転車が泊まっているときはしめたもの 2人でお酒を飲みながらかなりの時間をかけて話し合っている証拠。ちなみに1番初め に遭遇した郵便配達の赤ら顔のお兄さんは我が家にたどり着く時は熟れたトマトのごとくのことほとんどというぐらいいつもでした。村では皆知り合い同士 戸 を叩き親切に手渡し誘われて一杯のアペリティフが重なると???。この地区は 年配の方が多く皆さん新しい情報待っています。それに村では長寿の方々多く さびしいのでしょう。これも社交でしょう。配達人も色々人々のエピソードをたくさん知っています。
私達は知らぬ遠くからきたもの達。興味深い対象でしょうね。餌食にならないように心得構えて受身に聞いて色々村の歴史勉強できました。隣の奥さんに随分色々な事
知っているのねと言われまたその彼女も色々なアングランの昔のことを語ってくれました。
どうしてこの道を通るの?と詰問しないで下さい。この道を避けるとゆうに4倍の遠回りです。私は赤頭巾ちゃんのように森の中を楽しんで散策するにはあまり時間の余裕はありませんでした。朝昼夕方3回学校と家の往復ですよ。いくら専業主婦でもやることは沢山あるのですから。
ジレ爺さんは私達に初めての手と足と小さい網をつかって沿岸での貝やら海老等の採り方の手ほどきをしてくれた方です。ちなみに9月は海老採り最高の時期です。
ジレ爺さん 私が捕まらないときには庭で収穫したアーモンドやら我が家の前の海で雲丹を取って押しかけておしゃべりに来ました。雲丹はこちらではあまり食 べません。日本と異なり水っぽくてあまり美味しくはありませんでしたが市場で求めても同じようなものでした。私が雲丹は好物といったせいでしょう。年が経 ちもう何年も雲丹など市場で見かけたことありません。消滅してしまったのでしょうか?


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