Un deux trois 一 ニ 三

Publié le par Emi Taya

 忙しく ことに人をお呼びした時の食事の支度をしている時次女の雪が詰問調に現れます。言うこと。ママは他人にばかりお料理教えていて私達(姉妹)なんて何にも料理なんて出来ないのだから。
だんだん語気が強まり涙ながらになる事。時間に迫られかなりいらいらし始めているのですが一呼吸。声を高めること我慢。ママも手が足らないの と一寸考えるためまず答えます。手伝いで終わるはずのない娘の性格心得ているので 時間を置いて ママの代わりにデサート作ってくれる?と全責任委ねるように頼みます。(責任委ねる事はとても大切、お互いの信頼。)
作ろうと予定していたお菓子はあきらめ まず家の中見回し 教えながら私も手を休めずに働く事出来るようにいくつかの材料分量焼き方等全部頭にはいっていてそしていつ作っても美味しいお菓子の中から選び 全部自分で作るのよと。大喜びでエプロン探しお喋りしながら真剣に働き始めます。かなりいいセンスです。泡立てもバッテリーではなく手での泡だての教授。(私もサディックですね?)ママ疲れるねと言うのでシュー生地はもっともっとたいへんなのだからと私脅かします。(近いうちに作らねば。)満たされた彼女はそのあと全部きれいに完璧にボール等 まず指で(彼女一番美味しい瞬間といいます)。 その後洗剤で洗いあげます。テーブルの設定もしてくれます。料理によって又季節によってお皿選んでくれます。私のやり方色々観察してきたのでしょう。デサートの時間になって。 皆に 娘が作ったの と紹介する時の彼女の顔は輝き。自信となります。とても大切な事だと遅ればせながら最近になって思い始めました。
 私 二十歳位まで料理など余りしたことありませんでした。母の料理はとても美味しかったし小さいころ食事の支度する大好きな母の周りで雪のようにお喋りしていたようです。見て味わっていた事。 いつのまにか自然と美味しい料理を作り始めるようになりました。父は有名なお料理屋さんおすし屋さんに行くと折り詰め持ち帰り夜中眠っている私起こし食べてみる様に。祖父も同じく。故郷千葉の安田の鰻はとても美味しいもの。が私は鰻は食べられなくその美味な汁の滲みこんだご飯を朝母に温めてもらい 山椒をぱらぱらで 食べるのが大好きでした。私の又又大好きな祖母は可愛い人。普段は料理などせず。母が留守の日はおろおろ。お魚屋さんにお刺身電話注文配達。お肉屋さんも野菜やさんも。お刺身と 豚肉の生姜焼きキャベッの千切り添え ほうれん草のお浸しに里芋の煮っころがし。いつも同じメニューで出てきました。小さかった私邪魔になったでしょうが手助け。
翌朝はトロのお刺身での朝ご飯。祖父も良く朝から温かいご飯に私が残した鰻を乗せてお茶漬けの記憶あります。
私の祖母 料理余り作るの好きではなかったにも係わらず幼い私の学校からの帰宅を待って庭の夏みかんを丹念に剥き御砂糖をかけて 帰宅時間にはすっかり解けてほどよいシロップに浸かりその冷たいこと。サツマイモをオーブンで焼いたりまたは得意の大学芋のおやつで歓迎。母もカスタードプリン(好評でいつも沢山焼いて人に配っていました。)手作りのおやつしかなかったですね。
 娘達に言います。料理は見て食べるもの。後はセンス 大切なものはすでに頭にも味覚にも蓄積されているのだから自然に出てくるものよ。というと。ブーーーー。不満顔。長女はいつも自炊していたので色々料理できます。始めのころメイルで色々なレシピー送りました・。帰宅すると作るより美味しいもの食べたく私に食べたい物のリスト。 
 魔法のごとく即 すべて私のレシピー習いたい雪。昔より気を長くし 手を出したい思いが動作なる前に抑えて気長にみつもっています。(手を出してはいけません。アドバイスも怒らないように柔らかにそして傍にいてお喋りに答えねばならないということです。なかなか辛抱の要ることです。) 料理教えるという事は作ることとは異なります。習う方も。ことに我 子供達に対しては。学校の先生方の言葉は両親の言葉より重みのある事ご存知でしょう。教える方もun deux trois.習う方もun deux trois 。ダンスの一歩のごとくお互い初心で歩み近づくではないでしょうか?
 食いしん坊で味覚に敏感なので彼女の料理おいしいです。(内緒))。彼女手作りパスタやピザ 手で働く事大好き。喜んで作りたがります。

 フランスで小麦粉の中に手を入れて働いている女性は美しい。という諺あります。 日本でパン作りに係わっているお友達へのメッセージ・。 ブラボー
 

Commenter cet article