O Sole mio 幸せな浮浪者

Publié le par Emi Taya

 ラロシェルの有名な二つの塔に守られた旧港の延長に 干満の激しい港にいつでも水確保の約束するBassin à flot が続いています。面しているのはバランという波止場通り。その後ろの平行線100m程の短い通りが私たちのラロシェルに着いて3番目のアパルトマンのあったサンニコラ通りです。昔は海で働く男達が港に着きご想像できるような界隈。でも御存知ですか?マルセイユにしてもどこのフランスの町でもこの様に余り環境のよくなかった地区は色々センスのある人たちの手によって流行最先端の地区と変わりつつあります。サンニコラ街も例外なく。アンチークのお店とエキゾッチクな若い人の欲しいような しゃれた 好みのよい物を置ているお店ばかりです。私達は道の半ばのアパルトマンの二階に。前にはイギリスでフランス語を学習する時の教科書に掲載有名なパン屋さん。テキストにラロシェルのサンニコラ街と書いてあるので教科書を手に良く観光客の人の立ち止まる事。マダムドーメは大きな黒い瞳のスペインの美女という面影のある素敵なパトロン。作るパンもPains de marin 。水夫のパン。としっかり良く生地の働いた日がたっても美味しく食べられるパリのポワランのような 一寸エラスッチクの歯ごたえのあるパン焼いていました。隣はお肉屋さん。ムッシュー プリユー。やはり船で立つ人たちのお惣菜仕込んだり 港に戻ってきた来た船までお食事運んだり。お間違えのないように。現在ヨットを始め色々な船は豪勢な家のお値段です。高級お惣菜屋さんの仕事しています。
そこで忘れてはいけないのは幸せな浮浪者。小柄でも大きな丸い顔は朝からトマト色。朝二階のバルコンの窓開くと目と目があい いつもギター片手でオーソーレミーヨとかサンタルーチアとかバルコンの下に歩み寄りながら歌い出します。この地区の方達 太っ腹の人多く彼は朝昼夜とパン屋さんお肉屋さんに美味しいお食事提供されていました。彼 定期的にしばらくの間消えてしまいます。市の福祉政策で彼のアルコール度が高くなると施設に保護隔離その後それは身奇麗に健康に戻ってきました。
もう一人の危ない浮浪者怖い人も同じ地域に。元ボクサーという鼻がひん曲がった大男。遠くからでも酒臭くお金ねだるので遠くに目をすると遠周り。ある日新聞で他の浮浪者たちと波乱の大喧嘩。港に続く運河に落ちての最後だったと読みました。 フランスではS.D.F(Sans domicile fixe)住所のない人たちが特に南仏に下ると沢山道路に座り込んで物乞いしています。どの人も例外なく犬を連れて。犬を飼っていると養う責任のタイトルで逮捕できないのだそうです。
 私 もう一人の名物浮浪者知っています。船員の如く船員帽子にパイプくわえ星の王子様のように黄色の長いマフラーで小柄の体をそれこそ大股で港付近風を切りながらのし回っています。
正気の人ではないですが誰にも迷惑掛けず自分の世界で生きています。彼も幸せな浮浪者でしょう。市場の近くの大きな写真やさんの前通りかかりはっと立ち止まりました。ショーウインドーに大きな彼のポートレートが・。パイプくわえてそれは幸せそうに微笑んでいます。
 
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