Vendredi 26 août 2005
長女のなつきソルボンヌ大学の国際独仏法科卒業後 進路変え北のリル大学院ではないのですがマスターコースに進み国際商業のアジア科で学びました。その締めくくりで6月から中国ハルビンに語学研修で11月初旬まで滞在中です。彼女のようなクラスの仲間が7人。後2人は同じ土地でスーパーマーケット カルフールで働く研修を選んだ仲間2人。同じく北京で2人。ラオスに一人。そしてタイ国にも一人。皆プログで情報交換しています。寄宿舎生活レストランでしか食べる事出来なく でも驚くように食べ物に関しては信じられないくらい値段が安いので色々食べ歩いているようです。ある日小さな いつも小さなレストランなのですが(日本)もちろん中国のことこの漢字のままのお料理の名前。大きめにきったじゃが芋と豚を甘酸っぱい赤いようなオレンジっぽいソースで絡めてあると言うのです。コメントなどしなかった私ですが。肉じゃがのようで酢豚のソースみたいね。とET(他の惑星より)私のイニシアルで入れてからあらゆる方からコメント。酢豚について色々協議しています。結論。日本という名のお料理は肉じゃがの酢豚風ソースと私の初めの結論で決まりました。そこで雪の言う事おいしそう、私食べたい。ママ出来る?はっと思いました。時たま私自身が食べたいと思うと硬焼きそば(私得意です。母仕込み。蒸かした麺をあげるのではなくあげ焼きにするのです。)とかワンタンとか 時折作ります。私食べたいから。でも何年も酢豚など作った覚えありません。雪にお正月を迎えるお重箱には必ず酢豚もその仲間。ママがいた時にはママが作っていたのだから。と言うと,ふーん。半信半疑。.作って見ました。私のことクラシックではなく人参もたけのこも入れず季節の茄子と赤青ピーマンで。ママどうしてこんなにお肉が柔らかいの?昔 母の大好きだった陳さんの料理 NHKの料理の教室ごとく。お肉はぬるい油のお風呂で一度お化粧するのよ・。食べた雪感激。私どうしてもこのお料理習いたいと言います。2 3日後に又食べる事になりそうです。
肉じゃが。私主人の関係で若い日本人の学生さん問題あるときコンサルタントしていました。家庭滞在特に女性達。マダムが日本食作ってと言うの。私肉じゃが作ると思うの。いつもいつも同じ返答でした。サトイモの煮付けは随分食べた事あるけれど肉じゃが?私だったらお寿司と茶碗蒸し。天麩羅にほうれん草の胡麻和えなど思うのですが。私きっと時代遅れなのでしょう。郵便ポストが赤いのも電信柱が高いのも皆わたしのせいなのよ。と言う表現御存知ですか。何年か前機会でこういう表現有るのよ。と話し若い人達にそれなーにと一笑されました。わかる方私と同じ世代の方々でしょう。それとも私はおばあちゃん子で特別なのかも。彼女何かにつけていつも諺。大家族で幸せな子供時代でした。
長女のなつきのプログで餃子が良く出てきます。水餃子 蒸し餃子 焼き餃子 に揚げ餃子。このようなこと耳にする貴方どうします?私昨日中国材料のお店訪ね色々買い物してきました。餃子皮は手に入らなかったけれどワンタン皮購入。韮があったし家には生姜もあるし後は簡単なもの。フランスは豚肉のひき肉が無いのでそれが手間といったら手間。 それと豚肉もロースト用大きな物でないと骨付きのコートレット。骨を除き(ブイヨンにワンタン作る時には美味しいスープが出来ます。)ブレンダーでひく事から始めます。雪 部屋から出てきて声が出ないと言います。なつきも3日前から風邪で 寝込まずともかなりひどく今日はどうやらとメイル届きました。妹に大陸縦断 移したのでしょうか。悪い母 にこっとしました。彼女お喋りですものね。キリッとした目をさらに吊り上げ 紙に (おかしくなんて無いんだから。)しばらくしてから。(しゃべれないのは辛い。)その後は私の考え違いとわかりました。ゼスチャーで表現し始めたのです。もう当てっこ。私が間違えるとノン ノンと当てるまで色々仕草繰り返します。もう漫才のようなもの。ああ お喋りしてくれた方が楽なものと思い雪料理習いたいのなら餃子の包み方教えてあげる。少しは静かになるかなと思いつつ。大間違い。喜んでエプロン掛けながら着たものの今度は又紙にデパルマス、今年のラロシェルの音楽祭のフィナーレを飾った彼女の大好きな人気歌手のCDかけてもいいかと。彼女ボーイフレンドに招待されてコンサートにいったのです。結構うまく包みながら音楽と共にマイク手の歌うまね。私のエプロンをひっぱりながらこの歌は私のお気に入りだから気をつけて台詞を聞き逃さない様にと。パントマイムの続くこと。突然彼女のポータブル電話の響き。すっ飛んで。戻ってくるので今度は何かなと思うとママ彼中国料理の話したらどうしても食べたいって。呼んでもいい?構わないけれど。でもどのように会話したのでしょうか?
ワンタン皮餃子の皮より薄くて同様ではないけれど端をきって円形煮。何となく出来上がりました。食べたい思いは大きな力です。新婚はじめケーキ型など無くどうしてかリングケーキ焼こうと思い大きさの違うビスケット缶探しだし美しいケーキ作りました。主人感激か驚きか。お料理の事になると君はすごく頭が働くんだね。と。(褒められたのかな?)
友達の珠理さんの去った朝 近くのバンデ地方にバカンスに来ていた主人方の姪のカトリーヌより電話あり其の夜より若いカップルと11ヶ月のジラスちゃんと訪れています。赤ちゃん見ながら私もこのようなだったなーと忘れてしまったこと思い出しています。今日は中国にいるなつきの誕生日。私も雪もプレゼント用意したけれど中国に送ることについてはかなり不信感あるので帰国の11月待つ事にしました。
コーリアンダー タイの紫蘇 ミントを添えて。くるんで食べるので大きなサラダ菜一株食べてしまいます。何軒も行きつけのBIO(オーガニック)の野菜やさん知っているのですがBIO の野菜でも味がない時 気に入らない時は店を変えます。不貞な私。どこのお店でも色々お喋りをしているうちに(栽培している野菜の使い方がわからなく(よくヒントあげるのです)。離れる時には手の中にはパセリやらバジリックやらコーリアンダーやら山のようにおまけで一杯。買わずに済んでしまいます。家にも生えているけれど水不足で小さいので大喜び。ふんだんに。
クスクス なんて何か笑う様。そのとおり家族に今日はクスクスよ。と宣言すると笑顔でオーケーの合図。
主人がスイスローザンヌ勤務中 雪と二人ぽっち日曜日の食事は寂しく11時に始まるいつもの半額の映画を見てその後ピザを買って映画の批評をつまみの昼食。あるいは豪華に私達お気に入りのクスクスのレストランへ直通。地下に大きな部屋があるのですが喫煙者の煙に耐えられなく一階の官房後ろに控えた小さな10人程で一杯になってしまう場所で場所がなければ一緒のテーブルを分け合い。家族的な雰囲気での日曜日の大切な食事でした。御主人 娘達と同年齢の息子さん2人。彼はモロッコ人ですが奥さんはフランス人。マルセイユの大学教授で息子さんともどもマルセイユ・滞在。休みごとに両方で行ったり来たり。当時の我が家と同じような事。私達は大のお気に入りのお客。いつもしばらく傍に腰掛けお喋りが弾みます。
世界共通の事と思いますが若い人達イタリア料理好むようにメキシコ料理も好むのでは。視野変ります。我が家では毎日の食生活の気分を変えたい時歓迎の声に励まされてメキシコ料理作ります。チリコンカーンご存知?。牛挽き肉をトマトソース カイエンヌ(唐辛子)加え赤インゲンと共に煮込んだ物。付け合せにサラダ菜の千切り トウモロコシ トマトのコンキャッセと玉葱のみじん切り 後は 粉チーズ 等々。とうもろこし皮の形のよって異なるタコス トルティヤスの中に好み (ア ラ カルト)で 包んで食べる楽しい食事です。
ウージェニーはグルメそして グルマン 。ある夏 パリでコルドンブルーと ル ノートルでパティスリーの講習に参加。突然電話が掛かり遊びに行ってもいい?それはル ノートルの学校でしこんだパン生地を手に私達のためにその有名なレーズンパンをこしらえに来るため。
(菜食主義の子たち多く野菜の嫌いな人たちの作る心のこもらない料理に嫌気がさしている娘ばかり。)主人に頼まれて一度に6人も何週間もお預かりした事あります。我が家の娘2人と私女性9人。主人男一人。娘たち除くと皆18歳。家は満杯 窮屈かもしれなかったけれど活気好きとても楽しく。笑い声絶えず。私はゴットマザー。色々好みも異なったけれど皆が満足のいく料理研究 大皿いくつも全て空にしてくれました。タルトなど日に2回も焼いてもきれいに。夕食後満喫した娘さん達 娘達も共に海辺満天の星の浜辺の散歩。ウージェニーもこのような皆との2週間と重なり合いとてもとてもの思い出のようです。
アボカードのワカモーレはオードブルに素敵なもの。よく作り好評なものです。モーレという鶏のチョコレートソースは2年間メキシコに住んだメイベルのレシピで教わらず残念に思っています。食べていない物は作り方を見ても不可能。ある日イタリアの彼女に家訪ねて教えてもらう事とします。

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